清志郎版 Day Dream Believer について

うわっと。こりゃイカン。

仕事中だってのに、泣きそうになっちまったぜ。



今は、どんな疑問でも Google 君が答えてくれる。

ふと、頭に浮かんだ疑問を、仕事の合間に検索する事ができるワケだけど・・・。

「ふーん」とか「へー」では済まない時がある。



俺もトシとって甘くなったって事かな。

(まぁ、もともと渋い人間では無いんだけど・・・)



さっき調べたのは、今は亡き忌野清志郎の「Day Dream Believer」の歌詞について。

モンキーズの名曲だけど、歌詞の内容は感じが違っている。

原曲は、若いカップルの歌だったはず。

人気者の彼女と、呑気者(夢想家)の彼の事を歌った内容だったはずだけど・・・。



清志郎版だと、



 もう今は 彼女はどこにもいない



と始まってしまう。



既にイメージが180度違ってしまっている。

「若い二人が、これからどう暮らして行くのかな?」みたいな、ふんわりしたイメージが微塵も無い。



これは既に別れてしまった恋人の事を思い返して歌っている内容なのだろうか・・・?



その辺を検索してみたら、たった一言、



 彼女=亡くなった清志郎の母親



と書かれているページを見つけた。



思わず絶句した。



清志郎という人は、どこまで正直で優しい人なのだろう。



随分前に、「RCサクセション」がTV出演した時に、「態度が悪い」と批判を浴びた。

それを擁護するファンの反論は、



 あれは全て、彼らのシャイなハートから出たものだ



という物で、批判した側が理解可能な物では無かった様に思う。



しかし・・・しかし、この歌詞はどうだろうか?



あの時、スタジオでカメラに向かってガムを吐き捨て批判を浴びた人物が、母を思い返してこういった歌詞を書く人物だと知ったら?

そして誰かからそう思われるのは「恥ずかしい」為、照れ隠しに乱暴な言動を取ってしまう、小学生男子の様な人物だとしたら?



そもそも、反原発を歌って、レコードが発売禁止になる様な人物だ。

嘘で塗り固めた様な芸能界に思う事もあっただろう。



清志郎版の歌詞は、これ以上は引用できない。

それはもう、自分が泣いちゃうだろうから。



別にファンでも無い人に、清志郎を理解してもらいたいとは正直、思わない。

しかし・・・だ。



ファンにとっては、永遠の宝物であり続ける。



忌野清志郎はそういった存在だと思う。